スタン・ゲッツは、テナー・サックスのレジェンドです。
10代でプロになり、モダン・ジャズの一番盛り上がった時代(クール・ジャズ、ボサ・ノヴァ、フュージョンの世界)をトップで走ってきました。
この記事では、スタン・ゲッツの名曲・名盤をジャズ初心者に向けてサクサク紹介します。
目次
スタンゲッツの経歴
スタンゲッツは、1927年にフィラデルフィアのハーレムで生まれたジャズ・サックス奏者です。(マイルス・デイヴィスより1つ年下)
当時のアメリカは不況のど真ん中で家庭は裕福とはほど遠い環境でした。
スタン・ゲッツはクラスでもトップクラスの成績で、試験の成績と知能指数の高さによって優秀な生徒を集めたプログラムに編入されることになります。
6歳頃から音楽に興味を持ち友達の家でピアノを弾いていましたが、経済的な理由から自分の楽器を持つことが出来ず、12歳にして初めて買ってもらった楽器は、ハーモニカでした。
13歳にして生涯演奏することになるアルト・サックスを買ってもらい、密集した住居だったにも関わらず1日中演奏して技術を磨いてきました。

15歳の頃には、レッスンにも通う傍らダンス・ホールやパーティー、ジャズセッションに参加し、ますます腕を上げてティーガーデンのバンドと契約を結ぶことが出来ました。
スタン・ゲッツは、10代の頃、ティーガーデンのバンドで音楽をより深く習いましたが、ここでアルコールも教わることになりました。また、次に入ったバンドではヘロインを覚えました。
1940年後半はマイルス・デイヴィスが「クールの誕生」を発表しており、スタン・ゲッツは、クール・ジャズを代表するミュージシャンになっています。
1949年(22歳)自身の初リーダー作「スタン・ゲッツ・カルテット」を発表します。
ここから彼の活躍は始まりますが、当時の多くのミュージシャンと同じように薬に汚染されていきます。

出所後に訪れた北欧を気に入りスウェーデンに移住してジャズを離れた生活を送ったこともありました。
1961年(34歳)にスタン・ゲッツはアメリカに戻りジャズを再開します。
1962年(36歳)に当時ブームになりつつあったボサ・ノヴァに挑戦し、翌年にアントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトとともにアルバムを制作したアルバム「ゲッツ/ジルベルト」が空前のヒットを飛ばすことになります。
その後、スタン・ゲッツは、1967年にチック・コリアとアルバム「スィート・レイン Sweet Rain」を、1972年には「キャプテン・マーベル」発表しフュージョンにおいても名前を残しています。
若くして名声を得たスタン・ゲッツですが、酒、薬物で苦しみ1991年、癌との闘病の末、64歳で人生の終わりを迎えました。

スタンゲッツの特徴
スタンゲッツは、モダン・ジャズの世界ではど真ん中の世代で、抜群のテクニックをもって歴史に名前を残してきました。
スタン・ゲッツの特徴を簡単に上げると、ボサ・ノヴァ、クール・ジャズ、薬物でしょうか。
ボサ・ノヴァは、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトが有名ですが、ジャズの世界に引っ張りだしたのが、スタン・ゲッツと言えるでしょう。
ジョアン・ジルベルトもスタン・ゲッツも頑固だったようで、何とかレコーディングは成功したようですが、ジルベルトがゲッツをポルトガル語で悪口を言うなど険悪な空気になったとか。
それにしてもアルバム名は「ゲッツ/ジルベルト」です。

当時、ジャズがどんどん変化していた時代ではありますが、ひとつのジャンルにとどまることをせず、ボサ・ノヴァの次にフュージョンに挑戦して結果を出しているところもレジェンドたる所以ですね。
スタン・ゲッツの映像を見るとなかなか男前です。
同年代の男前トランペッターのチェット・ベイカーと何度も共演していますが、ここでも何かと揉めていました。チェットが2歳下、二人とも薬やお酒に溺れてしまうなど、似ているところがあるのかもしれません。
個人的には、どこか温かみを感じるクール・ジャズがいいですね。
「もしかしたら、自分も一緒に演奏できるかも」と魔法に掛けられたような気持ちよさを感じる演奏です。