リチャード・ロジャースは、1902年生まれのミュージカル作曲家でジャズのスタンダード曲を多く残しています。
デューク・エリントンより3つ年下になります。
リチャード・ロジャースは、当初作詞家ロレンツ・ハートとコンビを組んで、後半はオスカー・ハマースタイン2世とコンビを組んで曲を多く作りました。
5大ミュージカル作曲家の一人となりますが、当然ながら日本でも馴染みの深いジャズスタンダードを書いています。
あなたもどこかで聴いた曲があると思います。
目次
リチャード・ロジャースの経歴
リチャード・ロジャースは、1902年にニューヨークでロシア系ユダヤ人外科医の家庭に生まれました。
幼少期に母親からピアノを習い14歳になるとブロードウェイ・ミュージカルに興味を持つようになり夫婦でロジャースを全面的にバックアップすることになります。
大学は、コロンビア大学に進み当時から相棒の作詞家ロレンツ・ハートとブロードウェイ・ミュージカル曲を書きあげていました。
その後、あのジュリアード音楽院に移り音楽の勉強をしています。
このコンビは、「ロジャース&ハート」と呼ばれハートが49歳で亡くなるまで続きました。
この時代は、主に今ジャズスタンダードとして残る名曲を書いています。

ハート亡き後、リチャード・ロジャースは、作詞家オスカー・ハマースタイン2世とコンビを組むことになります。
ロジャースとハマースタインのコンビでは、コード展開が少し複雑になり「サウンド・オブ・ミュージック」を代表するミュージカル曲を多く残しています。
「サウンド・オブ・ミュージック」は、最も有名なミュージカル曲ですし、「エーデルワイス」もロジャースが書いています。

リチャード・ロジャースは、エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞、ピュリツァー賞など全ての賞を獲得しており、このように全ての賞を獲得しているのは、マーヴィン・ハムリッシュの二人しかいないというから驚きです。
リチャード・ロジャースは、1979年に亡くなりますが、彼の没後11年にブロードウェイへの多大な貢献をたたえ、46th street 劇場を彼の名を冠したリチャード・ロジャース劇場へと改称しました。

ミュージカル5大作曲家
以下の5人がミュージカル5大作曲家と呼ばれています。
ジョージ・ガーシュウィン
コール・ポーター
ジェローム・カーン
アーヴィング・バーリン
リチャード・ロジャース
リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの時代
リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの時代を紹介します。
やはり天才は、最初から売れていました。
コロンビア大学で作詞家のロレンツ・ハートとコンビを組んでミュージカル曲を作曲したリチャード・ロジャースは、1920年には頭角を現します。
1920年(18歳) 「マンハッタン」が大ヒット
主にローレンスとのコンビを組んだ時代には、今のジャズスタンダードと言われる曲を書いています。
「ブルームーン」
「マイロマンス」
「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」
「Bewitched, Bothered, and Bewildered」など

順調にヒットを続けていた二人ですが、ロレンツ・ハートは、精神的弱さがあり1942年頃アルコール依存症がひどくなりました。
そして、体調不良や疾走も多くなり、とうとう新しい作品が書けない状態になってしまいました。
1943年にロレンツ・ハートは、48歳でこの世を去ってしまいました。
リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世の時代
リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世の時代を紹介します。
ロレンツ・ハート亡き後、リチャード・ロジャースは、オスカー・ハマースタイン2世と組んで曲を作ることになります。
オスカー・ハマースタイン2世は、ミュージカルの作詞と脚本も手掛けており、以前は、ミュージカル5大作曲家の一人ジェローム・カーンと一緒にやっていた人物です。
ハートと作った曲は、コード進行がシンプルでジャズのセッション向きの曲が多かったですが、ハマースタインとの曲はブロードミュージカル色の強い曲が多くなっています。
この二人がブロードウェイ・ミュージカルに残した功績は非常に大きいものがあります。
特に1959年に発表されたミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」はあまりにも有名。
翌年1960年に「エーデルワイス」を書いてハマースタインは死去。
リチャード・ロジャースは、1979年まで生きて77歳の生涯を終えました。

代表曲1 マンハッタン
リチャード・ロジャースが書いて初めて大ヒットした曲として有名です。
オスカーピーターソンの演奏で聴いてみてください。
代表曲2 ブルームーン
ボーカル系のセッションに行くとよく歌われています。
出だしのメロディーと歌詞がぴったりの曲です。
代表曲3 マイ・ファニー・ヴァレンタイン
この曲もセッションに行くとよくやる曲です。
マイルス・デイヴィスで有名ですが、好みによりチェット・ベイカーの演奏を紹介します。
代表曲4 Falling in Love with Love
ジャズでは少し通好みの曲になるかもしれません。
テーマが分かりやすいヘレン・メリルの歌で紹介します。
代表曲5 マイロマンス
マイロマンスは、ジャズスタンダード曲の中でも最も美しいメロディーの中のひとつです。
僕は、ジャズを少し知るようになってセッション会場で初めて聴いてすぐに好きになりました。
代表曲6 オクラホマ
ここからハマースタインとのコンビの曲です。
当時のミュージカルは、演技とセリフで舞台が成り立っていましたが、そこにダンスや歌で感情の深さや複雑な心理を演出し、曲の歌詞をセリフ代わりとして物語を進行させる新しいミュージカル方式を生み出しました。
ブロードウェイ界に革新をもたらしたこの曲が、この「オクラホマ」です。
代表曲7 It might as well be spring
1945年公開の映画「ステート・フェア」のために作られた曲です。邦題は「春の如く」
この曲は、アカデミー主題歌賞を受賞した曲でもあります。
代表曲8 「サウンド・オブ・ミュージック」
「サウンド・オブ・ミュージック」は、ミュージカルの題名であり曲名。映画でも有名。
このミュージカルの中に「エーデルワイス」や「私のお気に入り」、「すべての山に登れ」、「ドレミの歌」が入っています。
完全にブロードウェイ・ミュージカルの世界ですが、リチャード・ロジャースを紹介するにあたり「サウンド・オブ・ミュージック」を紹介しないわけにはいきません。
代表曲9 マイ・フェイヴァリット・シングス
マイ・フェイヴァリット・シングスは、「サウンド・オブ・ミュージック」の中に入っている一曲で邦題は「私のお気に入り」と言います。
ジョン・コルトレーンがカバーしたことはあまりにも有名です。
日本でもJR東海が「そうだ、京都行こう」とCMをやっていたので馴染みのある方も多いはずです。
代表曲10 エーデルワイス
エーデルワイスも「サウンド・オブ・ミュージック」で歌われた曲です。
日本でも馴染み深く、楽器演奏の初心者用の教本にも使われている曲ですね。