フィリー・ジョー・ジョーンズは、ハードバップ期にジャズ・ドラマーとして活躍し、後進のドラマーに多大な影響を与えたジャズ・レジェンドの一人です。
マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンとも数多く共演しており、ジャズ史に名前を残したドラマーとして有名です。
この記事では、ジャズ初心者向けてどこよりも分かりやすくフィリー・ジョー・ジョーンズを紹介します。
目次
- 1 フィリー・ジョー・ジョーンズの経歴
- 2 フィリー・ジョー・ジョーンズの特徴
- 3 代表曲1 Showcase – Philly Joe Jones Showcase
- 4 代表曲2 Nardis – Bill Evans Trio 1978
- 5 代表曲3 If I Were A Bell – The Miles Davis Quintet
- 6 代表曲4 Temperance(ケリー・アット・ミッドナイト)
- 7 代表曲5 Cool Struttin’ – Sonny Clark
- 8 代表曲6 Blue Train
- 9 代表曲7 My Heart Skips a Beat #1 – Duke Jordan
- 10 代表曲8 My Funny Valentine (Miles Davis Cookin)
フィリー・ジョー・ジョーンズの経歴
フィリー・ジョー・ジョーンズは、1923年アメリカのフィラデルフィア生まれのジャズ・ドラマーです。(マイルス・デイヴィスより3つ年下)
母親がピアノ教師だったこともあり幼少期からドラムを始めました。
1947年(24歳)活躍の場をニューヨークに移し、カフェ・ソサイエティのハウスドラマーとして演奏することになります。
ニューヨークでは、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらと共演し名前は知れ渡りました。
1955年~1958年(32歳~35歳)までは、マイルス・デイヴィスのバンドの一員となり、ジョン・コルトレーン、ポール・チェンバース、レッド・ガーランドらと共演しています。
いわゆるマイルスの第一次黄金期と言われる時期にあたります。
この時期に2日のレコーディング・セッションでアルバム4枚分の録音をしたいわゆる「マラソン・セッション」に参加していこともよく知られています。
フィリー・ジョー・ジョーンズは、大酒飲みで薬にも手を出しマイルスのバンドをクビになることもありましたが、マイルスはフィリーとは気が合う仲間の一人だったようです。
その後、フィリーは、ブルーノートレーベルでソニー・ロリンズ、ウィントン・ケリー、ビル・エヴァンス、ソニー・クラーク、デクスター・ゴードン、ハンク・モブレー、アート・ペッパーなどのレジェンドと多くの演奏を残しています。
1985年(62歳)心臓発作のため帰らぬ人となりました。
フィリー・ジョー・ジョーンズの特徴
フィリー・ジョー・ジョーンズは、ビバップスタイルのドラムにひとつの革命を起こした間違いなくモダン・ジャズを代表するドラマーです。
ジャズ初心者の中には、もしかしたらフィリー・ジョー・ジョーンズの名前を知らない人がいるかもしれませんが、少しジャズを聴いたことある人なら、ほとんどの人はフィリーのドラミングを聴いたことあるはずです。
ひと言で説明すると「上手い」です。
具体的に説明すると「フィリー・リック」というリムショットで演奏にアクセントを加え、3連符の裏を強調したフレーズを積極的に取り入れるなどさまざまな革命を起こしてきました。
ついつい長くなりがちな演奏を録音用にある程度の時間にまとめるなど、曲全体をよく理解して演奏していたことも多くの方が指摘しています。
多くのジャズ・レジェンド達に気に入られて歴史的な演奏に参加していることもフィリー・ジョー・ジョーンズのテクニックのすごさを物語っています。
ごく簡単に説明しても、やっぱり「上手い」のだと思います。
マイルス・デイヴィスも歴代のドラマーでのお気に入りにフィリー・ジョー・ジョーンズの名前を上げているとか。