ミシェル・ペトルチアーニは、フランス出身のジャズ・ピアニストです。
先天性疾患のため身長1メートルほどで障害を持っていますが、ジャズ・ピアニストとしてはフランスだけにとどまらず世界的に見ても上位に名前があがるジャズ・ピアニストの一人です。
初めて映像で観た時は、その容姿に衝撃を受けましたが、多くの名だたるミュージシャンが彼と共演しており、クオリティーの高さを感じます。
この記事では、ミシェル・ペトルチアーニの経歴から代表曲まで、ジャズ初心者に向けてどこよりも分かりやすく紹介しています。
目次
- 1 ミシェル・ペトルチアーニの経歴
- 2 ミシェル・ペトルチアーニの特徴
- 3 代表曲1 A列車で行こう Take the A Train
- 4 代表曲2 September Second
- 5 代表曲3 Cantabile
- 6 代表曲4 Bimini – Michel Petrucciani – Wayne Shorter – Jim Hal
- 7 代表曲5 Limbo (Live At Montreux Jazz Festival / 1986)
- 8 代表曲6 mas que nada
- 9 代表曲7 Estate
- 10 代表曲8 Cold Blues
- 11 代表曲9 There Will Never Be Another You
- 12 映画「情熱のピアニズム」予告編
ミシェル・ペトルチアーニの経歴
ミシェル・ペトルチアーニは、1962年生まれのフランス出身のジャズ・ピアニストです。
遺伝的原因から生まれつき滑形成不全症という障害を背負って生まれます。
このため、身長は1メートルほどしかなく、骨はもろく杖を使って歩いていました。
ピアノ演奏の際は、誰かのサポートを受けて椅子に掛け、ペダルに足は届かないので補助器具を使ってペダルを踏んでいます。
自分の胸のあたりで鍵盤を弾くスタイルですが、幸いにも手は大きく全ての鍵盤に手が届くのでピアノ演奏には問題ありません。
当然ながら幼少期にスポーツは出来ませんが、父親がミュージシャンということもあり音楽に集中することでペトルチアーニの進むべき道が決定します。
当初、クラシック・ピアノから始めますが、もともとデューク・エリントンが好きだったこともありジャズの道を進むことになります。

1980年(18歳)ピアノトリオを組みます。
1982年(20歳)アメリカへ渡る。
アメリカではチャールズ・ロイドのバンドに参加。
1986年(24歳)ウェイン・ショーターと共演。ディジー・ガレスピーと共演。
ペトルチアーニは、フランス人としては初めてブルーノート・レコードを契約したピアニストとしてよく知られています。
また、ジム・ホール、スティーヴ・ガット、アル・ジャロウとの共演も有名です。
1999年(36歳)生まれた当時は、体質的に20歳程の寿命と言われていましたが、36歳で短い人生の幕と下ろしました。
2011年 ドキュメンタリー映画「情熱のピアニスト」で彼の生涯を観ることができます。
ミシェル・ペトルチアーニの特徴
ミシェル・ペトルチアーニを初めて見た時は衝撃を受けました。
うがった見方をすると障がい者の割にピアノが上手い人かなと思っていました。
でも実際は違います。
演奏としてはビル・エバンスをベースにキース・ジャレットと比べられることが多いです。
また当初クラシック・ピアノも経験があり、フランス出身ということもあり、即興に泥臭さがなく洗練されています。
ご本人の寿命は短い人生でしたが、一音一音に魂を込めて鍵盤を押し込むように叩く音は間違いなく聴いている人に届きます。
あるピアノの先生が言っていました。
「ミシェル・ペトルチアーニのピアノが、一番レイドバックが綺麗に出ている。だからジャズをやるならミシェル・ペトルチアーニは、たくさん聴いた方がいい。」
レイドバックで演奏することでジャズ特有のもったりしたオシャレなリズムになります。
これが、ミシェル・ペトルチアーニの特徴と言っても過言ではありません。

先天性の障がいを持っていますが、ペトルチアーニの演奏を聴いていると、そのセンスに「羨ましい」という感情さえ沸いてきます。
筆者は、実は他人の目を気にするなど日々悩むことが多い性格ですが、ペトルチアーニの演奏を聴いていると「他人からどんなに思われていても関係ない。自分がやりたい演奏をやり切る」と、生きる勇気を教えられているような気がします。
ちなみに「好きなジャズ・ピアニストは?」と質問を受けた時に「ミシェル・ペトルチアーニです。」と答えると、「お主、できるな!」と絶対思われます。
もしも、ミシェル・ペトルチアーニに興味をもったジャズ初心者の方がいたら、ある程度聴きこんで「好きなジャズ・ピアニストは、ミシェル・ペトルチアーニです。」と答えてみてください。